Presented by 福岡の弁護士/島総合法律事務所

従業員の雇用と労務管理

雇用と労務管理
農業ビジネスの基礎知識

ビジネスとしての農業と従業員

農業と従業員

日本の農業はこれまでの家族経営型の農家が減る一方で、農業法人の数は増加していく傾向にあります。また、農林水産省は、農業の6次産業化を推奨しています。6次産業化を実践する場合はもちろん、農産物の生産のみを行う場合でも効率的に農産物を生産し収益を上げて農業をビジネスとして成り立たせるには、家族だけの労働力では限界があり従業員を雇用することが必要になってきます。

従業員雇用による労働基準法等の適用と除外

労働基準法の労働時間についての規制の適用除外

農業経営者(個人の場合)や農業法人が労働者を雇用する場合、労働契約法、法労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法といった法律の規制を受けることになります。

ただし、農業という産業の特徴から労働時間、休憩、休日(労働時間等といいます。)については労働基準法の適用を受けません(労働基準法41条1号)。自然環境の中で農産物を栽培する農業は、その性格上、季節や天候によって忙しさが大きく変わるため、労働時間等については、労働基準法をそのまま適用することに馴染まないからです。

しかし、労働時間の規制以外の労働基準法の規定は、(同居の親族だけで農業を行っている農家を除き)農業にも適用されます。

また、労働時間の規制が適用されないことにより所定労働時間を超えて働いた場合の割増賃金を支払う必要はありませんが、所定労働時間を超えて働いた分の通常の賃金を支払わなければならないことはいうまでもありません。

労働時間等の規制を受けない農業の範囲

労働基準法の労働時間等に関する規制が適用されないのは、労働基準法41条1号で、「この章、第6章の二で定める労働時間、休憩、休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。一、別表第1第6号(林業を除く)または七号に掲げる事業に従事する者」と規定され、別表第一第6号は「土地の耕作若しくは開墾又は植物の植栽、栽培、採取若しくは伐採の事業その他農林の事業」、第7号は「動物の飼育又は水産動植物の採捕若しくは養殖の事業その他の畜産、養蚕又は水産の事業」とされているからです。そうであれば、労働時間の規制の適用が除外されるのは、あくまで農産物の生産に関わる農作業に従事する従業員についてのみであり、生産された農産物の加工や販売に従事する従業員については労働時間についての規制は適用されることになります。労働基準法の適用は、法人単位ではなく事業場単位で判断されますので、一つの法人内でも事業場が異なればそれぞれの事業場ごとに労働基準法の適用があるかどうか判断されることになります。問題は、一つの事業場で農産物の生産や加工や販売が行われる場合です。このような場合には、その事業場の主たる業務がなにか、という観点から判断されます。ただ、その判断は容易ではないため、生産、加工、販売までを手掛ける6次産業化を実践しているような場合には、予め生産を担う法人と加工・販売を担う二つの法人を分けて、生産を担当する従業員と加工・販売を担当する従業員をそれぞれ別法人で雇用することで労働基準法の時間規制が適用されるかどうかを明らかにすることができます。コンプライアンスという観点からも望ましいと思われます。

労働時間の規制除外と労働環境の整備

また、農業では、労働時間についての労働基準法の規制が適用されないのは、自然環境の中で農産物を栽培する農業は、その性格上、季節や天候によって忙しさが大きく変わるためですから、繁忙期と農閑期で労働時間を調整する等の工夫をして従業員が無理なく働ける労働環境を整備する必要があります。農作業は決して楽な仕事ではありません。繁忙期には、8時間以上の労働が必要になることもあります。そうであれば、農閑期にその分労働時間を短くすることでバランスを取ることで従業員が次々と辞めていく、といった事態を回避することが必要になります。

労働基準法の労働時間の規制の適用がないからといって、どれだけでも長時間労働させても構わない、といった考えが間違いであることは言うまでもありません。農業がビジネスとして成り立っていくためには従業員として優秀な人材を確保することが不可欠です。

労働基準法等の適用による雇い主の義務

労働基準法の労働時間等の規制以外については農業にも適用されます。労働基準法等の適用により雇い主には以下のような義務が生じます。

・労働条件の明示義務(労働基準法15条)

労働契約の期間、有期雇用の場合の更新する基準、就業場所及び従事する業務、始業・終業時刻その他労働時間に関する具体的条件、賃金の決定・計算・支払方法・支払時期その他賃金に関する事項、退職に関する事項については必ず書面で明示することが必要になります。

また、退職金、賞与、安全衛生に関する定め等、規定がある場合には明示する必要がある事項もあります。

・就業規則の作成・周知義務(労働基準法89条、90条、106条)

常時10人以上の労働者を使用する事業場では労働者の過半数の意見を聴取した上で就業規則を作成して届け出るとともに従業員に周知することが必要になります。

・最低賃金、深夜労働に対する割増賃金、年次有給休暇の付与等 

従業員に支払う賃金は都道府県ごとに決められた最低賃金を下回ることは許されません(最低賃金法4条)。

また、深夜労働についての割増賃金については適用除外となっていないため、従業員を午後10時から翌日の午前5時までの深夜労働に従事させた場合には割増賃金を支払う必要があります(労働基準法37条)。また、妊産婦については深夜労働が禁止されています(労働基準法66条3項)。

6ヶ月間勤務を継続し、全労働日の8割以上勤務した従業員には年次有給休暇を付与する必要があり、その後も勤務継続期間により年次有給休暇の日数は増えていきます(労働基準法39条)。

農業法人で従業員を雇用している場合には、社会保険、労働保険の加入 義務があります。また、法人化していない個人事業主の場合でも常時5人以上の従業員を雇用している場合には、労働保険の加入義務があります。

従業員との労働問題

従業員との間で労働問題をめぐるトラブルが生じることがあります。代表的なものとして未払残業代をめぐるトラブル、解雇をめぐるトラブル、パワハラ・セクハラといったハラスメント問題などがあります。

これらの労働問題をめぐるトラブルは、経営者の労働法についての認識不足が原因となっていることが大半です。このくらいなら、問題ないだろう、これまでもやってきた、といった軽い認識が大きなトラブルを招き、農業経営に有形無形の大きな損失を与える可能性があります。ただ、多忙な経営者が労働関係の法律に精通することは実際には困難です。ですから、従業員とのトラブルを事前に防止するためには、経営者が弁護士、社会保険労務士といった専門家にいつでも相談できる体制を整えておくことが有益です。専門家に相談できる体制を整えておくことは、いざ従業員とのトラブルが発生してしまった場合に速やかに解決するという観点からも非常に大切です。