ビジネスとしての農業で収益を増やすには、売上を増やすかコストを減らすか、ということになります。しかし、海外産の安価な農産物が輸入されている現在、価格競争で値下げして売り上げを伸ばすことも考えられますが、カットできるコストにも限界があり、薄利多売では、収益は思うように上がらずそのような農業ビジネスは疲弊していきます。
このような状況を打開するには、生産する農産物について同じ品種の他の農産物との差別化を図り付加価値を付けて高く売れるようにすることが不可欠です。
そして、他の農産物との差別化を図って付加価値を付けるという作業が農産物のブランディング(ブランド化)なのです。
例えば、みかんにも数えきれないほどの品種があります。その中で、他のみかんと差別化を図るには、消費者に、自分たちが生産したみかんが他のみかんと違うことを知ってもらうことがまず必要です。
そこで、みかんに名前を付けて、その特徴を宣伝し販売することで他のみかんとは違う自分たちが生産したみかんを知ってもらうことが可能になります。どんなに甘くて美味しいみかんでも、他のみかんと区別できなければわざわざ選んで買ってもらえませんが、他のみかんとの差別化を図ることができれば甘くて美味しいみかんとして買ってもらえます。そして、消費者に買ってもらい食べてもらい甘くて美味しいということをわかってもらうとともに、キャッチコピーやロゴなどで消費者にそのみかんを印象付けることで、そのみかんのファンになってもらうことができれば、繰り返し買ってもらうことが可能になります。そのようにしてファンが増え世の中で甘くて美味しいみかんということが認知されれば、安売りすることなく高い値段でも買ってもらえるようになります。このように他の農産物との差別化を図って付加価値を付けて売るのが農産物のブランディング(ブランド化)です。
農産物のブランディングには、農産物の品種改良にも、宣伝にも多大な時間と費用がかかっています。このように多くの費用を費やしてブランディングに成功した農産物について、他の農家や農業法人に真似をされてしまえば、これまでに費やした費用や時間が無駄になってしまいます。また、同じ名前で売られた農産物の品質が悪かった場合には、自分たちが生産した農産物の価値まで下がってしまいます。このようなことを防ぐには、自分たちが創り上げたブランドを守るための対策が必要になります。
農産物のブランドを守る方法として、まず開発した品種についてその品種の利用について独占権を取得する方法があります。種苗法の品種登録制度です。
次に、開発した農産物の名称について、独占権を取得する方法があります。商標登録の制度です。
また、農産物は、産地によって付加価値が付与されるという特色があり、産地と農産物の名前を組み合わせた名称でブランド化が図られることもあります。これが地理的表示(GI)という制度です。
種苗法の品種登録制度は、植物の新品種の開発者に開発した新品種の利用についての独占権を与える制度です。
植物の新品種を開発するには、長い時間がかかりますし、その間に要する費用も高額になります。このように多くの時間と費用をかけて開発した新品種も、その後種や苗を取得した者が自由に栽培することができるとしたら、多くの時間と費用を費やすより他の人が開発するのを待って種や苗を取得して栽培する方が楽に利益を得ることができるため、多くの時間や費用を費やして新品種を開発する人はいなくなり農業の発展は止まります。そこで、開発した新品種について出願して登録することで新品種の利用を独占する権利(育成者権)を取得することができるようにしたのが、種苗法の品種登録制度です。
品種登録が認められるためには以下の要件が必要です。
区別性、均一性、安定性の要件についての審査は、栽培試験または現地調査の方法で行われます。
名称の適切性の要件の審査は、出願直後と登録直前の2回行われます。出願直後の審査で名称が適切と判断されると出願公表され、不適切と判断されると名称変更の手続きが取られます。
登録により育成者権が認められると、業として登録品種及び登録品種と明確に区別されない品種の種苗、収穫物及び一定の加工品を利用する権利を専有することができます。また、従属品種(農林水産省令で定めている育種 方法⦅①変異体の選抜、②戻し交雑、③遺伝子組 換え、④細胞融合(非対称融合に限る)、⑤ゲノム 編集⦆により、登録品種のごくわずかな特性のみを変化させて育成された品種)や交雑品種(繁殖のため常に登録品種の植物体を交雑させる必要がある品種)については、親品種の育成者権者の権利が及びます。
育成者権者以外の者が無断で登録品種の種苗や収穫物を利用すれば、育成者権を侵害することになり、育成者権者は侵害した者に対し、侵害行為の差し止めを求めることができ、損害が生じれば損害賠償請求をすることができます。また、侵害行為は、刑事罰の対象にもなります。
商標登録とは、事業者が自社の商品やサービスを他の商品やサービスと区別するためにつける名前やロゴマークを登録する制度です。
特許庁に出願し、審査を経て商標登録されることで登録者は、その商標について独占排他権を取得することができます。
商標登録するには、特許庁に商標登録の出願をして審査を受ける必要があります。
そして、商標として認められ登録されるには、①出願した商品やサービスが他の商品やサービスと区別されることが必要です。そのために他の商品やサービスと区別できない一般的な名称(例えば、みかん、キャベツ、なす等)は商標として登録することはできません。また、既に登録されている商標と同じ商標や似ていて紛らわしいような商標も登録することができません。
審査を経て登録が認められたうえで、登録料を支払うと商標として登録され、商標権を取得することができます。
商品やサービスについての名前やロゴマークを商標登録し商標権を取得すると、商標権者はその商品やサービスについて商標を独占して使用することができ、登録した商標や類似の商標を第三者が使用した場合には、使用の差し止めを求めることができます。また、商標を無断で使用されたことで損害が生じた場合には損害賠償請求することができます。また、侵害行為は刑事罰の対象にもなります。
地域団体商標というのは、地域名と農産物名を併せて表示する商標です。現在登録されている地域団体商標には、静岡茶、泉州水なす、有田みかんなどがあります。
地域名と農産物名を併せて表示するだけでは自分の商品と他人の商品を区別することができないのでこのような商標登録はできない、とされてきました。しかしながら、自然の中で育つ農産物の味や特徴は産地ごとに異なる、ところ、産地により農産物の商品価値が異なってくる、という実情を踏まえ、平成17年の商標法改正により、①地域に根差した農業協同組合、商工会議所、商工会、NPO法人等の団体が、②商標が、地域の名称と関連性のある商品名を組み合わせたものである場合に、③地域の名称と商品名の組み合わせが一定の地域の需要者(最終消費者または取引事業者)に知られている場合には、④団体の構成員に使用させるために、登録することができるようになりました。
既に説明したように、農産物は、産地によって品質や特徴が異なるため、その地域の農産物を地域名と併せて表示し登録する地域団体商標という制度ができました。
ただ、地域団体商標は、商標法により、その地域名+農産品名を独占的に使用できるものの、特に優れた農産物としての認定を受けるというものではありません。
そこで、伝統的な生産方法や気候・風土・土壌などの生産地等の特性が、品質等の特性に結びついているような農産物の名称(地理的表示)を知的財産として登録し、保護する地理的表示保護制度(GI)が創設されました。
現在、地理的表示として認められている農産物としては、はかた地どり、八女伝統本玉露、くまもと塩トマトなどがあります。
登録申請できるのは、生産者ではなく加入の自由が認められた生産者団体です。
登録申請する際には、産地、生産方法、その農産物の特性、産地の特性が農産物の特性に結びついていることを説明した書類を提出する必要があります(なお、申請する農産物については25年程度の生産実績が必要です。)。また、農産物の特性・品質を確保するための「生産行程管理業務規程」や農産物の品質の基準を定めた明細書も添付する必要があります。
農林水産大臣が審査した上で認められれば、地理的表示と団体、品質基準が登録されます。
地理的表示として登録されると、登録団体に加入している生産者、加工者、販売者は、登録された農産物やその加工品に地理的表示を使用することができるようになり、農林水産省が認めているGIマークを使用することができるようになります。
また、登録団体に加入していない者が地理的表示を使用した場合には、国が不正な表示の抹消を命じて、使用したものが抹消せずに使用を続けた場合には刑事罰の対象となります。
地理的表示は、有効期間はないため更新する必要はありませんが、登録団体は農林水産大臣に生産工程管理業務が適切に行われていることを年に1回以上報告する必要があります。その報告の前提として、登録団体は、加入する生産者や加工者が「生産行程管理業務規程」をきちんと守るよう指導することになります。