かつて収穫した農産物の出荷先は地元の農協や青果市場でした。
けれども、現在では地元の農協や青果市場を通さずに農産物を販売するケースが非常に増えてきました。
例えば、居酒屋、和食店、レストランなどの飲食店やスーパーマーケットに直接農産物を販売するケースが増えてきました。スーパーマーケットで野菜が入ったパックに産地と生産者の名前が書かれたシールが貼ってあることも珍しくありません。また、ファーストフードのハンバーガーショップなどでもその日使用するレタスやトマトなどの野菜について生産者の名前が黒板に書いてあるような店も出てきました。このように生産者の顔が見える野菜は消費者の安心につながるため近年需要が増えています。
また、スーパーマーケットやコンビニでは、単身者などを顧客層としたカット野菜、カットフルーツや調理済みの総菜の販売も一定の需要があります。このようなカット野菜、カットフルーツを製造する専門業者や総菜の製造業者に対して生産者から直接農産物を販売するケースも増えてきています。
また、インターネットで農産物を直接消費者に販売するサイトも出てきました。
このような、飲食店、スーパーマーケット、カット野菜や総菜の製造業者消費者への農産物の販売は、売買契約という契約なのです。
このような農産物の販売という売買契約は、民法や商法の適用を受けます。インターネットでの消費者への直接販売では、消費者契約法、特定商取引法、個人情報保護法といった法律もかかわってきます。
以前の農協や青果市場での農産物の取引は、これまでの取引を前提に予め定まった手数料の割合で画一的な取引がされており契約書がなくてもトラブルが生じることは多くはありませんでした。これに対し、飲食店、スーパーマーケット、カット野菜や総菜の製造業者、消費者への農産物の販売については、合意の内容を予め明確にしておかないと思わぬトラブルに発展することがあります。
飲食店、スーパーマーケット、カット野菜や総菜の製造業者、消費者への農産物の販売は、売買契約という契約です。契約は、契約書がなくても、「売ります」「買います」という合意があれば成立します。ただ、「売ります」「買います」というレベルで合意が成立しても、後で細かい部分で売主と買主の意向に食い違いが出てくることがあります。特に、農産物の生産は自然環境の影響を大きく受けるため双方が想定していなかった事態が起きて大きなトラブルになることも珍しくありません。
飲食店、スーパーマーケット、加工業者といった農産物を販売する相手は、生産者にとっては、大切なお客様であることに間違いありません。けれども、大切なお客様ではあっても基本的に利害が対立する関係にあることもまた間違いないのです。
つまり、売主である生産者は、「できるだけ高く売りたい」、のに対し、飲食店、スーパーマーケット、加工業者といった買主は、「できるだけ安く買いたい」のです。そして、自然相手の農業では、気温、日照時間、降水量などが例年と異なることによって農産物の形状や収穫量について当初の想定と異なる事態が生じることがあり、それによってトラブルが生じることも珍しくありません。
例えば、天候の影響でナスが通常よりも小ぶりなものが混じってしまったような場合に、生産者は小ぶりなナスも含めて売りたいのに対し、買主であるスーパーマーケットは、形の良い通常のものだけ買いたい、と考えます。このような場合に、事前に何も決めていなければトラブルになりかねません。けれども、売買契約時にナスの形状について一定の規格を定めて単価を決め契約書に明記しておけば無用なトラブルを避けることができます。事前に想定されるリスクを考えた上で、交渉を行い、合意内容をきちんと契約書に記載する、ということが非常に大切になります。
口頭での売ります、買います、で契約は成立しても細かな部分で食い違いが出てトラブルが生じたり、想定外の事態が生じた際にトラブルが生じることを避けリスクを管理するために契約書は非常に重要です。それでは、取引において契約書でカバーするリスクにはどのようなものがあるでしょうか。
代金の支払いは、売買契約の中核をなす買主の義務です。支払いが予定よりも遅れると資金繰りにも影響を及ぼします。
例えばトマト1㎏当たり〇〇円と口頭で合意して、農産物を出荷しても支払い時期を決めていないと出荷先からの入金が金融機関への融資の支払い期日に間に合わず、支払いが遅れれば金融機関に対する信用を損なってしまいます。
そこで、支払い時期について契約書で明記することで回収時期についてはっきりした予定を立てることができ、さらに法定利率以上の遅延損害金を定めることで予定通りの期日に支払われる可能性が高まります。予定通り支払われる可能性が高まることで資金計画も立てやすくなります。
また、同種の農産物の収穫が複数にわたり、出荷時期も収穫時期に応じて複数回の出荷が予定されている場合には、出荷の度に毎回売買契約書を作成することが煩雑なため、取引基本契約といって複数回の出荷に共通する大枠のルールを定める取引基本契約書を作り、個々の取引については注文書と注文請書をやり取りして行うという方法がよく行われます。このように複数の取引について取引基本契約書を作成する場合に、代金の支払い時期が出荷から~日後とされている場合には、一つの取引で代金の支払いが遅滞した場合、また期限が来ていない農産物の代金についても期限の利益を喪失することを取引基本契約書に明記しておけば、代金の未回収のリスクは軽減されます。
農産物の品質に対して買主からクレームを受けるリスクがあります。例えば、「こんな小ぶりな梨を買ったわけではない。」と言ったクレームを受けて商品を受け取ってもらえず代金を支払ってもらえなかったり、代金の減額を求められたりすることが考えられます。「小ぶりな梨」といってもどのくらい小ぶりだと買ってもらえないのか、が予め決まっていないことがトラブルの原因となります。
このようなリスクを軽減するため、予め農産物の形状について一定の規格を定めておくことで無用なトラブルを避けることができます。
農業は、自然が相手なので、冷夏、豪雨災害、台風等により不作に陥ったり壊滅的な打撃を受けることがあります。このようなリスクに備えておかないと事業の存続が脅かされる事態になりかねません。
売買契約書で、冷夏等の異常気象の場合に、合意した品質、数量の農産物の生産が困難となる見込みが生じた場合の対応について予め定めておくことが必要です。例えば、天候不順で合意した品質、数量の農産物の生産ができない可能性が生じた場合には、速やかに買主に通知することを義務付けることにより買主が他の産地から代替品を確保することを可能にするとともに責任を免れるといった規定や台風や豪雨災害といった自然災害の場合には責任を負わない、といった規定を予め設けることでリスクの回避を図ることが重要です。